万浪るりより 留学をお考えの皆様へ

弊社代表、万浪るりのメッセージ、プロフィールをご紹介をさせていただきます。

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  • 留学をお考えの皆様へ
  • 万浪るりプロフィール
  • 留学コンサルタントになるまで

代表ご挨拶

プロフィール写真01
留学ヘルパー
e-mommy留学&エデュケーション
代表 万浪 るり

ハワイ大学留学時代のHP作成練習用だった当サイトが、留学情報サイト「E-MOMMY.NET」として初めてオープンしたのは2004年のことでした。その後2014年まではサッカー少年の母として日々を過ごし、個人で留学を希望されるお子様・家族様をサポートして参りました。単なる手配代行業務だけではなく、ご家族皆様と一体となって子供たちの留学と成長を見守らせて頂いた日々には、時として留学会社とお客様の関係を超えた経験もありました。ひたすら我が子、留学生とご家族に向き合った13年間。このかけがえのない日々が、留学コンサルタントとしての私を育ててくれました。

 

2015年に入り、息子の高校卒業を機にベースを東京に戻し、ハワイ大学日本事務局と全面協力させて頂くことになりました。世界トップレベルのスポーツアカデミーであるIMGアカデミーの正規代理店となり、また2016年からはエアライン時代の仲間と共に短期集中型のエアラインセミナー開催し、留学とエアラインセミナー両面からグローバル人材の育成を目指して参ります。

 

 

 

 

何かに打ち込む留学を応援したい。信頼できる留学先の中からそれぞれ留学生の個性や能力に合わせ適した選択肢を見極め、共に留学を成功させ、将来に生かしてもらう。単なる手配代行会社ではなく、そのプロセスを導き見守ることが私たちのミッションだと考えております。

 

弊社スタッフ一同、共通点は「親心」です。

女性の眼・母の心で、子供たち・若者たちのグローバル人材への成長を応援させて頂きます。

 

未来の日本を背負ってくれる若者が、精一杯自分を生かし、幅を広げ日本人としての強みを発揮しながらグローバル人材へと成長していく。これが、弊社の目指す、世界を舞台に活躍できるグローバル人材育成のスタイルです。

留学をお考えの皆様へ

留学出発前は、特に親御さんほぼ皆さんが「不安」を口にされます。むしろ1人で飛び立つお子さんたちにしろ、ご本人は期待も大きいのでしょう。今まで見たことがなかった様子であっけらかんと逞しく出ていった、凛として出発した表情に驚いたと感想を話される親御さんが多いです。皆様もちろん不安はいっぱいなのでしょうが、行かれてみると数日中には不安は忘れた、帰国前には「帰りたくなかった、楽しかった」とほぼ皆さんがおっしゃいます。他社はわかりません。弊社は、受付件数を限定し1件1件ご一緒にしっかりと取り組ませて頂き、初めから楽しんで頂ける可能性が高いプログラムのみご紹介しているからかもしれません。とにかく、弊社の留学生さんは、ほとんどの皆さんが「楽しかった」「良い結果を得た」と帰ってきてくれています。13年間を通してこの高確率で楽しんで頂いていることは、弊社の誇りであり、ご家族と一緒に成功を目指す取り組みの成果だと思っています。

 

私の留学コンサルタントとしての強みとしては、母として、留学生としての経験から様々なシーンを想定できることにあると思っています。大学生として味わう大学、そこで会った先生、大学生たち、また友人たちの兄弟や知り合い等、様々な人々を通し見たり伝え聞いてきた幅広い現地校情報。学生であり母として、その両方からその情報網を広げていますので、ハワイに関してはプリスクールやYMCAから現地公立小中高、私立小中高やコミュニティカレッジ・大学まで、ほぼ全ジャンルを網羅しています。留学アドバイザーは多いですが、これほど幅広い種類の学校や環境に触れることはないでしょう。また、CA時代の国際線フライト経験に加え、留学生のサポート経験や現地視察、息子のサポート経験からも視察範囲は米国本土、オーストラリアやニュージーランドに広がり深まっています。子供向けから大学、社会人まで幅広い経験、視察を生かした「選択と絞り込み」が弊社の特長です。

 

一般的に、カウンセラーにも得意分野がありますので、相談するカウンセラーによってアドバイスはやはり得意分野中心になります。私の場合はあくまで留学生の立場、希望や状況に合わせて「適しているところ」を絞り込み、開始から留学の成功に向かいます。間違った行先は開始から留学の成功率を下げることに気付いてほしいと切に願っています。選択は最初から留学成功を左右する大きなポイントとなりますから。

 

また私がお手配代行するよりも、この業者さんに頼むとメリットが大きいですよ、といった形で他の会社をお勧めすることもあります。好環境で安全・安心な選択肢から、あくまで留学生、ご家族にとってベストと思われる選択肢をご提案していくのが弊社のスタイルです。

 

ただ単に手配代行させて頂くのではなく、ご縁を頂いた留学生とご家族の皆さんそれぞれと、現在の状況から今後のご希望までを深く理解しお付き合いさせて頂きながらサポートさせて頂くのが弊社の留学サポート。特に長期留学では13歳、14歳といった年齢で親元を離れ高校卒業、大学合格まで長期に渡る留学は、苦労や涙なしでは成し得ません。何度も1人海外で泣きながら最後までやり遂げた留学生とそのご家族に心から敬意を表し、体験談として皆さんにご紹介しつつこれからも精一杯応援して参ります。

万浪るりプロフィール

プロフィール写真02

万浪 るり
(有)マンナミコンサルタント 代表取締役

 

航空会社退社・出産後、30歳から5年間ハワイに子連れ正規留学。ハワイ大学ICS(Information and Computer Sciences)を卒業し、帰国後は留学コンサルタントとして活動。親子留学・短期留学・長期留学・スポーツ留学・女性留学に、母と留学生両方の気持ちを持って取り組んでいます。

 


 

JAOS認定留学カウンセラー
IMGアカデミー正規取次代理店 
ハワイ大学/ハワイパシフィック大学公式日本事務局 スポーツ留学アドバイザー
ヒューマン国際大学機構・顧問コンサルタント
NIKE Sports camps(USSC) 正規代理店

 


【経歴】

 

1988年4月 短大卒業後、ANA国際線CAとして入社
1995年9月 長男を出産
1997年8月 ハワイ大学マノア校子連れ正規留学を開始
2000年6月 「ハワイの歩き方」にてインターンシップをスタート
2002年8月 ハワイ大学卒業
2003年2月 教育コンサルティング会社に採用され、留学サポートに携わる
2004年12月 独立してウェブサイト「E-mommy.net」開設、留学サポートを開始
2008年11月 JAOS認定留学カウンセラー取得
2010年2月 留学先絞り込み検索エンジン「留学ヘルパー」オープン
(中立の立場からの留学先検索システムの企画制作)
2011年4月
~2014年3月
滝川第二高校(兵庫県)への、息子のサッカー国内留学に帯同
サッカー留学のサポートを開始
2013年~ ハワイ大学日本公式事務局の関西事務局として活動開始
2015年2月 東京・目白にオフィス移転、ハワイ大学日本公式事務局との全面提携開始
2015年 サッカーキャンプのツアー企画をはじめ、新たなサッカー留学企画立案開始
2015年 IMGアカデミー(米国フロリダ州)正規取次代理店契約開始
2016年3月 e-mommy エアラインスクール開校
2016年8月 ヒューマン国際大学機構・留学顧問契約開始

留学コンサルタントを目指すまで

先にも述べましたとおり、「当社の強み」は万浪るり自らが親子留学を経験しており、母としての立場や、留学生としての経験等々、様々な状況を想定できることにあると思っています。

 

そこで私が留学コンサルタントになるまでのお話をさせていただこうと思います。

 

東京を夢見たお転婆娘

札幌で3人姉妹の真ん中。家族の記憶によると、私は相当ちゃっかり系のお転婆娘だったようだ。

姉のお友達のお宅で一緒に遊ばせて頂き、私だけ帰ってこないと思ったら、何故か姉でなく私だけ夕食をごちそうになり帰ってきた…とか。北の大地でとことん野山を駆け回り、スピードスケート、陸上、バレーや器械体操とスポーツに明け暮れて小学生・中学生時代を過ごした。高校3年になり、私は東京で進学する夢を持つようになった。女の子が大学進学で東京に行くことは周囲ではあまり一般的ではなかったので私はあの手この手で東京進学戦略を考えたようだ(あくまで家族の話から…本人に記憶なし)。

そこで思いついたのが、「大きな夢」戦略。東京で進学したい。その理由は国際線CAになりたい。できるだけ採用数が多くチャンスの大きい学校にいきたい。そして選んだ、当時採用が大卒よりも多かった東京の短大2校。大きな夢のため、両親も認めざるを得ない状況となり…めでたく2校とも合格。そのうちの1校に通うため、夢叶い上京を果たした。

エアラインを目指した頃

上京の理由にしただけでなく、本当にまっしぐらにエアライン受験に向かった短大時代。とは言え、対策コースに通う経済的余裕もなかった。故郷との往復が精一杯で留学どころか旅行すらできない日々だったが、ESS活動を通し英語だけは頑張っていたような気がする。今思えば、何の受験対策もできていなかったはずの私を残していってくれた面接官の皆様は、マナーやノウハウといったものとは違った、心や本質を見て下さったとしか思えない。

CA時代

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海外に出たことがなかった私が、入社から国際線CA。思いがけず世界への夢はすぐに叶うことになった。(私の初海外は国際線CAの訓練フライト、ワシントンDC便)頻繁にフライトを一緒にした同期から後で言われたことだったが、「(私が)業務中ギャレー(キッチン)に帰ってこない」。フライト中お客様とお話しすることは、仕事の一部と見なされるものの、私はとにかくお客様と話し込むことが多かった。長時間ギャレーに帰ってこないし、よくお客様に(海外での食事会等に)誘われてくる…と、笑い話として言う同期もいた。みなさんごめんなさい…私はとにかく、お客様とのコミュニケーションや世界の広がりが楽しかった。同乗CAの皆さんには迷惑をかけたかもしれないが、フライト中様々な業種、立場のお客様からお話をお聞きし世界を広げてきたことも、きっと今に繋がっていると信じている。

結婚・出産・退職

当時流行っていた所謂「合コン」での出会いから2年で、気づくと結婚していた。結婚後も2年ほど国際線フライトを続けたが、英検1級や通訳ガイド試験等、合格し長く続けられるキャリアを持ってから出産を、と考え退職。現実はキャリアを得る前に長男を出産することになる。企業戦士の夫は平日仕事でほぼ不在、週末ゴルフでほぼ不在…食事の準備もほとんど必要なく、東京・世田谷で朝から晩までママ友と過ごす日々を過ごす。楽しくはあったが、これでいいのかと焦りを募らせることになり、留学への夢を膨らませていった。出産前に通訳ガイド免許を取得していたら、私の子連れ留学はなかったかもしれない。

 

この時期の私はこちらで…

「万浪るりと長男ヨシの親子留学体験記」

義父との約束

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ママが子供と留学するということは留守番となる家族がいるということであり、親子留学の深いテーマの一つとなると思います。

私の場合、夫は卒業した方がいいと言った。(やめてと言われたらやめるつもりだったので、卒業までできたのは夫のおかげだけど。)

そして、忘れられないのは今は亡き義父とのやりとりだった。義父は尊敬すべき経営者だった。忘れられない義父の言葉。1つは何故子供を連れていく?と言われたこと。(長男は)私といるのが一番いいと思います、と答えた。もう一つ忘れられないこと。「結婚したばかりの部下に、ある日奥さんは元気かと聞いたら、今海外に留学しているんですと答えた。1年経ってまた会ったので、奥さんは元気かと聞いたら、まだ留学しているんですと言った。やがて数年後、その部下は…離婚したわな。」そう静かに話してくれた義父。この時の義父は、私に必ず帰る、と心に誓わせてくれた。留学後海外就職へと可能性が広がりつつあっても、やはり帰ろうと思わせてくれたのは義父への気持ちが大きかった。ご主人への思いや、ご家族への思いなど、何か気持ちを繋ぎとめるものがないと、そのまま離れる危険があるのは、長期に渡る親子留学の現実だと思います。

帰国、留学コンサルタントになるまで

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コンピューターサイエンスの学生として「ハワイの歩き方」でウェブ編集のインターンシップも経験させて頂き、大学卒業後に与えられるOPT(大学卒業後一定期間与えられる有給インターンシップ)のオファーを頂いていたが、何も言わなかった夫よりむしろ義父への思いからやはりすぐに帰国しようと思った。(OPTのオファーを下さったボス皆さんにとても感謝しています)

 

そして帰国後、ウェブ編集のアルバイトとして雇われた会社が留学を取り扱う教育コンサルティング会社で、社長はCAの大先輩というご縁を頂いた。その流れで、私は留学手続き代行のノウハウを学ぶことになった。やがて、私が経験してきた親子留学を取扱いませんか?という提案を社長にさせて頂いたところ、「返事は、YES、そしてNO。何とも言えないので、あなたやってみなさい。」

そして親子留学を扱い数カ月が過ぎ、社長が私にこう告げる。

 

「親子留学は(細かなリクエストや配慮事項が多く)キャリア志向のうちの会社に合わない。あなた、独立してやりなさい。」

 

こうして、アルバイト開始から1年後、私は独立して親子留学を扱う留学コンサルタントとして活動をスタート致しました。

 

 

節目節目で背中を押して下さった大先輩アリス・インスティテュートの中嶋三十浬社長や、お付き合いを通し共に成長させて下さった大切なお客様方、また共に幅を広げるチャンスを下さったハワイ留学支援センター八若社長をはじめ、学校や会社の皆様に心から感謝しております。

 

最後に、サイト全面リニューアルに当たり、膨大な情報整理に根気よく取り組んで下さったファベルカンパニーの皆様に心よりお礼を申し上げます。

 

2016年4月

履修クラスの全記録


ハワイ大学 スクール・オブ・アート・アンド・サイエンス
University of Hawaii School of Art and Sciences

★の数は、クラスの難易度です。多いほど、大変!

 

 

2002年
サマーⅠ
/Summer I 2002

Last Semester!!

FSHN185
フードサイエンス
簡単だろうとたかをくくっていたら 大量の医学専門用語に苦戦。フードサイエンス、馬鹿にするべからず。
SLS302WI
第2外国語研究
子供のバイリンガル教育について。ヨシの言語発達過程をペーパーやプロジェクトの題材に活用し、成功。これは日本人にはお勧めのクラス。
2002年春学期
/Spring 2002


宿題やプロジェクトに一緒に取り組んだ、コンピューター仲間たち。今でも、日本で地震があると真っ先に連絡をくれる彼ら。

ART472 WI
アメリカ美術史
アート系コンピュータサイエンス専攻としての必要単位。植民地時代以降のアメリカの美術品を鑑賞する機会に恵まれる。Stanton先生、物静かでグッドです。
GEOG101&101L
地理
私の留学史中もっとも気分悪く終えたクラスの1つ。インド系のクセのある先生が最後まで好きになれず、適当に取り組んでヨシとする。
ICS313
プログラミング言語
やり直しを強いられたプログラミングクラスの1つ。前半快調に進むが後半のプロジェクトで体力・時間ギレを起こす。なんとかパス。
ICS465
ウェブ・プログラミング
私の最もやりたい分野のクラス。おおむね順調に進むが最後のプロジェクトでコケそうなる。付き合いの長いプロジェクト・パートナー、ホルガーの助けもあり、結果はOK。
2001年
サマー
/Summer 2001
Online Class
ART399
マルチメディア自由研究
おおらかだと有名な先生との個人プロジェクト。マルチメディア制作。
2001年春学期
/Spring 2001
ICS313
プログラミング言語
すべてオンラインで、テスト以外はクラスに通う必要なしという便利なクラスだけど、ある程度クラスメートと交流、情報交換ができる環境が必要。私の場合は、仲良しのRobertが宿題締切日前など切羽詰まったときに、チャット・FTPなどをフル活用し、オンラインで夜中まで相談に乗ってくれた。みんな、遅くまで頑張っているんだという妙な連帯感が沸いたし、とても温かい思い出。

AMST411
日系アメリカ人
日系アメリカ人の国民性を日本制作の映画・ドラマを通して見るクラス。週1回、『虎さん』や『101回目のプロポーズ』などを鑑賞して終わる、史上最高の楽チンクラス。
ART301WI
『デジタル・サウンド』
キーボード、サウンドソフトなどを利用してデジタルサウンドを作るクラス。人気の先生なのですぐにクラスがうまってしまうが、やっぱりお勧め。
ICS465
ハイパーメディア(Java)
主にユーザーインターフェイスの設計に関するJavaプログラミング。

2000年秋学期
/Fall 2000


初めて、学校に私のオフィステーブルができた。杉原先生が、お手製のマシンをプロジェクト用に用意してくれたもの。上級生になったんだなぁとしみじみ感じたっけ。

ICS499
コンピュータプロジェクト
杉原先生の個人プロジェクト。UNIX、ソラリスやマックなどでの貴重な経験を得る。
 
ICS312
マシンレベルプログラミング
今も仲良しのスーザン・ウィリアムと出会いのクラス。みんなでTAのサリーを質問攻めにしたり、いつも一番前の列に3人並んで座ってたり、楽しい思い出が多い。
ART201WI
マルチメディア
フラッシュ・ムービーやGIFアニメの制作の真似事をしてみる。面白い。ウェブ関連ならなんでもあり、の楽しいクラス。
ICS212
C/C++
一度目の失敗にめげて、もうとらなかったらよかったのに またとってしまった。しかし今度はなんとか生き延びる。
2000年
サマーⅠ
/Summer I 2000
ICS499
インターンシップ
あの『ハワイの歩き方』でのウェブ編集見習いをスタート。以後約1年以上にわたり修行を続ける。
 

ハワイ大学 スクール・オブ・トラベル・インダストリー・マネージメント
University of Hawaii School of Travel Industry Management

2000年春学期
/Spring 2000
ICS311
データ・ストラクチャ
こちらも恐れられた杉原先生のクラス。テスト前、先生のオフィスに居座る私に ひとつひとつ根気よく説明してくださった先生に感謝しています。
ICS212
C/C++
悪名高く難しいピーターソン先生のクラス。私の理解をはるかに超えるテストに完敗。避けられるのなら絶対避けた方がいい。
ART365
グラフィック・デザインⅡ
グラフィックⅠの続編。
1999年秋学期
/Fall 1999
ART265&ART265Lab
グラフィック・デザインⅠ
イギリス人の個性派デザイナーが先生(もとイヴサンローランのスカーフデザイナーという噂)。タイポグラフィのクラスとあわせコンピュータのアップグレードや周辺機器の準備のため(Zipドライブ、スキャナなど)出費1000ドル以上。その他に作品提出時のプリントショップでの印刷代に80ドル払った、なんていう人もいた。何しろお金のかかるクラス。
ICS321
データベース
わけもわからずなんとか終える。決め手はマルティプルチョイスのテスト。記述式と違い、何とかなりやすい。
ART266
タイポグラフィⅠ
フォント(字体)のデザインのクラス。デザインにもウェブ制作にもフォントはつきものだから、とてもいい経験になる。
1999年
サマーⅡ
/Summer Ⅱ1999
ICS211
JavaⅡ
これをとらなきゃ次に進めないから、はじめて夏休み返上でクラスをとる。

1999年春学期
/Spring 1999

 

ENG254WI
英語・世界の文学
クラスでただ一人の外国人。これでみんなと同じレベルのペーパーが書けるわけがないだろうとやけくそ気味になる。初めはやっぱりCばかりだったが(ペーパーの成績)、徐々に他の学生との差が詰まってきた、と先生に努力を認めてもらえて、感激。結果はAでまた感激~。
ART116
3Dオブジェ制作
デザインのクラスをとるために必要なクラス。木を切って釘を打って、私の思い出の大作ができた。ルビー先生はアートに珍しく厳しい先生だと言われている。
HIST152
世界史Ⅱ
必修科目。もともと世界史は好きなので、平気。日本から山川出版の世界史用語辞典を持参。
ICS211
JavaⅡ
滑ったクラスの第一号。このあと『滑り慣れ』してしまう私。
1998年秋学期
/Fall 1998
MATH100
数学
ゲーム感覚の数学。とはいえ、この学期履修のコンピュータ数学と同類の内容もある。同じ教科の違うクラスを一緒にとるのは効果ありかも。
LING102
言語学
後悔したクラスの1つ。クラス一覧にインストラクター名が『staff』と出ているときは要注意。経験の浅い大学院生やPhD学生インストラクターに当たり、的外れのプロジェクトを与えられたりすることもあるので。
HIST151
世界史Ⅰ
ディスカッションなどの機会が多いLabがちょっと心細い。友達とお誘いあわせでとったほうが心強いかも。
ICS141
コンピュータ数学
Joshと出会ったクラス。長い付き合いなんだなぁ。
1998年春学期
/Spring 1998
GEOG102
地理
テスト対策だけでOKなクラス。宿題もなしで楽チンだったぁ。
ECON130
経済学
先生によってかなり違うらしい。先生の評判を確認のうえセクションを選ぶ。
ESL100
英語
必修。どーってことなし。
ICS111&111L
JavaⅠ
ICS101が楽しかったのでやってみようかな~という声が聞かれますが、この理由でとった人はかなり高い確率でドロップアウトしています。要注意。
1997年秋学期
/Fall 1997
First Semester!
ELI082
英語補習クラス082
留学出願前に英語力をつけるべし。それがこのようなつまらないクラスに時間を費やすことを避ける唯一の方法。
ELI080
英語補習クラス080
上に同じ。
TIM100
旅行学100
無駄な単位になる。仕方ない。
 
TIM101
旅行学101
これも無駄な単位に終わる。はじめてのテストで『トップスコア』の思い出。以後、プライドもあり死に物狂いでテストに取り組む。そしてはじめての『成績A』をゲット。
ICS101&ICS101Lab
コンピュータサイエンス101
いわゆるパソコンスクール。Eメール、ワード、エクセル、ウェブ制作の基礎など。パソコンを触ったことがなかった私は とっても苦労しました。が、これが私とコンピュータの出会い。

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